梅の木通信
心の話【S先生の日記】


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25 すみません、、、は反省の言葉

親神が人間に言葉を許されたのは、「人間の心と心をつなぐ道具」としてお許しになられたので
あります。
その言葉の中に、「すみません」という反省の心を表す言葉があります。
ではこの反省の言葉が日常正しく使われているでしょうか?
言葉そのものの正しい認識が少ないようであります。
従って反省の心を表す「すみません」の言葉も同じであります。

例えば、おみちの中でも 「お茶いかがですか、」という思いやりの言葉に対し
「どうもすみません。」と反省の言葉を使ってします。もしこの場合は「ありがとうございます」
又「ありがとうございます、もう十分頂ましたので、」とお答えするのが正しいと思います。

相手の思いやりの言葉に対し、反省の言葉でなく、やはり思いやりの言葉「御手数をおかけして
すみません」又は「雑作をかけます」のほうが正しい使い方であります。

親神は言葉一つが用木の力、とお諭しくださいますが、確かに言葉一つによって、相手の方の
心が替わり助けさせて頂くことが沢山あります。
しかし、言葉のなかに心が籠っていなければ相手の心にしみこむ説得力がありません。
文字を覚えるのは頭です、でもその文字の本当の意味を悟るのは、身体を通じて心が悟るので
あります。

用木である私たちは、正しい言葉使い、つまり理に適った言葉使いを、身につけなければ
なりません。
すみませんは反省の言葉です。その言葉に心が籠っていたら、二度と同じ反省の言葉が出ないよう
気をつけたいものです。

ありがとうございます。

                                            昭和60年12月23日