とまり木 信の日記

ブログも借りたのですが、いまだブログというものは、何処をどうクリックして読めばよいか解からず、
新たに得意な形で、日記を作成いたしました。日々の体験などで感じたことなど、自由に思ったことを
書かせていただいております。


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 ユウちゃんは元気です原文(2024年4月11日)

  


これはユウの闘病中に書いていた日記です。信仰のことなども書かれていて
原文は表には出していませんでしたが、今回あることから、原文をPDFで更改
させていただく決意をしました。

それはこの中に出てくる本当に御世話になっている先生のことで
大きな誤解が生じていること、私自身御世話になっている先生の心を
知っていただきたいという想いから少しの間、原文を更改させていただく
決意をしました。
yuugenki.pdf へのリンク

https://nasulife.com/yuugenki.pdf

なすの家(2021年2月9日)

前回書いた日記を読んで、「那須に土地を購入して…」という言葉を見つけました。
2007年、14年も前の今頃、こんなことを考えていたんですね…
でも、じつは昨年9月、念願だった那須にプリン屋さんとカフェのための
中古の家と土地を購入してしまいました。

ポニーはまだまだ先になりそうですが、まずは夢のプリンのおいしいカフェ実現の
ための一歩を踏み出せたようです。

でも、以前書いていた日記にある、「欲の心」これはなかなか消せません
今年教会でいただいた「お初言葉」に

「本当の幸せは足下にある 心の目を開いて見てみなさい…」

というような言葉が書かれていました。がーん!欲と不足だらけで怒りが収まらなかった
私の頭をゴンと殴られた気持ちでした。

本当の幸せは足下にある。
そう思い直して自分の周りを見渡すと、私を大切におもってくれる家族がいてくれて
そして雨風しのげる家もある。こんな大変な時なのにおかげさまで仕事もなんとか
つなげていただけていて、夢のポニーカフェの計画地もお手配くださっている。
本当に反省でした…

わすれないように、「本当の幸せは足下にある…」心の手帳にメモしておきます。
           
おまかせさせて頂く心(2007/1/30)

数日前より、S先生の日記を書き記させていただいております。
昨日入力させていただいた中に、すべては神さまからの貸しもの借り物であること
その理を悟らなくてはならないとありました。
正直、ここ数日自宅を今のマンションから引っ越そうかなどと、いろいろ考えておりましたが
物件などを探しているとどうしても、もっと良いところ、もっと広いところなどと、自分自身の
身の程もわきまえない高い思いが出てきてしまい、欲の心が多く芽生えてきてしまう自分に
きずかせていただきました。

以前私のひそかな夢で那須に土地を購入して、ポニーのいる喫茶店んを出して
子供たちにポニーに乗せてあげたりしながら、私は大好きな絵を描きながらのんびり
妻と子供と過ごしたい。そんなことを教会の先生に冗談交じりにお話したところ、
「欲をかかなければ、実現するよ。」そうやさしくおっしゃっていただくことができました。

こころではそう思いゆったり構えようとおもっても、のどもと過ぎればですぐに欲の心が
顔をだしてしまいます。
欲しい欲しいと思う前に、今やるべき大切なことをしっかりやらなければならないのに
そのことは後回しにして、環境が整えばやるべきことができるので、先ずはその環境を
手に入れよう、そのためには今よりも広いところに引っ越してなどと、思いっきり順序を
間違えている自分に気づきました。

妻はまだ早いんじゃない、そう話しており私などよりもはるかに学びをおさめてるようです。

環境など自分で作ろうと思えばどうにでもなる、先ずは欲心などすてさり、自分がやらねば
ならない大切な仕事を一所懸命させて頂くこと、そしてその先は親神様にお任せさせて
いただくこと、昨日そう悟らせていただくことができました。

すべては借り物である、そう気がつくと欲しい心は薄らぐ、昨日はまた良いことを
教わりました。
このことを忘れない様にしなければ^^うんうん。
S先生の日記 (2006/12/22)

今年も早いもので後わずかとなりました。
2006年は年の初めから娘の病気の再発という大きな身上で始まり
妻とともに娘の闘病の一年になってしまいました。
ただ、つらいこと悲しいことたくさんのつらいことがありましたが、
おかげさまで、娘は元気に退院させていただき、毎日家族仲良くすごさせて
いただいております。
これも親神様のご守護のおかげと、心から感謝しております。

振り返ってすべて通らねばならなかった道、これから先も不安はありますが
すべて親神様にお任せさせていただきながら、家族で隙間をつくることなく
しっかりと毎日を歩ませていただこうと思います。

話はかわりますが、先日姉と電話でこのサイトについてお話していたとき
私が小さなころ本当にいろいろかわいがって下さった、おうかんみちのS先生の
お話がでてまいりました。
姉も姉家族も、S先生からはたくさんの愛情をいただき本当に大好きな先生でした。
おみちの中でもS先生は子供たちの心をとても大切におもい、教会へはこばせて
いただいたときなど、よくやさしい笑顔で遊んでくださったりしていただきました。
残念なとこというか、S先生はこの世での仕事を早く終えられ、10年近く前に
出直られてしまいました。

そのS先生が生前長い年月をかけて書き溜めていた記録があることを
姉は先生が出直られる直前に先生から伺ったそうです。
S先生はその記録を本にしたいんだと、姉に話してくださったそうです。
ただ、残念ながら志途中で先生は出直られてしまったため、大切な記録はみたくても
見れないんだ、姉は先日そんな話をしてとても残念がっておりました。

私もそのことを聞いて、もしもその記録が見れたら、そしてまたこのサイトに
その記録を打ち込みさせていただきながら、みなさんと学ばせていただけたら
どれだけすばらしいことか、それがかなわない事に、とても残念でなりませんでした。
「姉とせっかくS先生が思いをこめて残してくださった記録なのに、本当に残念
だね、、、。」そんな話をしておりました。

しかし、あきらめかけていたその記録に、姉と私は思いもしなか場所で
めぐり合うことができました。

というのは、姉のある事情で以前から娘のことでとてもお世話になっている
おうかんみちの先生のお宅に訪問させていただいたとき、たまたま話題の中で
S先生のお話がでて、S先生の記録があることなど、話していたとき
先生は目をきょととしながら、
「その記録なら、そこにあるよ、、、」
そう話してくださり先生のお宅の神前前におかれていた二冊のファイルを
私たちに見せてくださいました。
そのときは姉も私も狐につままれたようにびっくりしてしまいましたが、
先生も、びっくりした様子で、実はその記録の詰まったファイルを数日前
知り合いのおうかんみちのかたが、先生のお宅に持ってきてくださり
この記録をコピーしていいものか、目を通してほしいと頼まれたそうです
先生は多忙でまだ目をとおしておらず、S先生の生前もあまり親交があった
わけでもなく、そのファイルが先生のお宅に持ち込まれたこと自体、よくわからない
ようだったそうです。

その後神前において、扇のお伺いをしていただいた際、
先生の台を通してS先生からのお言葉をいただくことができました。
S先生はその記録を、私の姉に渡したく先生のお宅に送りとどけてくださったそうです。
その記録はS先生より私たちに手渡された、大切な形見の品でした。

私たちは早速その大切なS先生の形見の記録をコピーさせていただき
姉は製本の準備にとりかかり、私はその記録をもとに、この「梅ノ木通信」に打ち込み
させていただきながら、しっかいりとS先生の教えを学ばせていただこうと思いました。
何十ページにもわたる記録で時間はかかりますが、できる限りがんばって
ページを作らせていただきたいと思っております。

先日ところどころ読ませていただいたのですが、ひとつひとつ目次にあたるものも
つくってあり、こんなことで悩まれたかたはこのページなど整理されていました。
本当に生前のS先生のお人柄どうりのやさしい記録でした。

サイト内では、「YS生記」という名前で公開させていただく予定でおります。
時間はかかりますが、じっくり学ばせていただきたいと思います。
忙しい合間に入力することになりますので、時間はかかりますが
じっくり仕上げさせていただき、S先生のやさしさをたくさんの方に知っていただき
たいとおもっております。



笑顔で人にやさしく^^(2006.12.7)

昨日、「オーラの泉」というテレビ番組でで江原さんと三輪さんから
とても素晴らしいことを教えていただきました。
「幸せになりたいと思ったら、いつも笑顔で、人に優しく過ごす事。」
あれが欲しいとか、こうなりたいとか、お金持ちになりたいなど、欲しい欲しいという
欲の心で神仏などに願をかける方がいますが、決してそれはよいことではないそうです。
努力もせずに他力本願で欲しい欲しいとおもっても駄目ということも話しており、
当然のことながら、ずばりその通りと思い、ふっとそんな他力本願的なところも多々ある
自分を振り返って少し反省させられてしまいました^^(汗

以前、私は漫画家になりたいという夢をもって、出版社に持ち込みなどしていた
ことがあったのですが、何度か増刊号などに漫画を掲載していただいたときに
見ず知らずの子からファンレターを頂いた事がありました。
振り返ってみて、そのときは、こんなにうれしいと思ったことは、長年生きてきて
初めてと思うくらい感激させていただくことができました。
当時ちゃらんぽらんではありましたが、漫画掲載にむけて自分なりに頑張った結果
顔も知らない子から、幸せをいただけたんだなー、そう振り返らせていただき
あらためて、他力本願でなく努力することの大切さと尊さを思い直させて
いただきました。

また、いつでも笑顔で人に優しく、以前から自分が目指している
「この人の側にいるだけで、同じ空気を吸っているだけで幸せな気分に
なれる。」そんな人になれるよう、そして欲を言えばまた漫画でなくても
何か作品を作らせて頂、その作品にふれられたかたが幸せな気持ちになれる
そんなことをこれから出来たらよいなー、などと思いました。

余談ですが、その当時頂いたファンレターは今でも私の宝物として、
大切に保管してあります。
またあの感動を頂けるよう努力しなければ、、、^^


見る聞く因縁我にあり、(2006.10.25)

 

はじめまして、せっかくブログをつくったのですが、どう使ってよいか、私の頭では
難解で、冒頭にもありますが、こうしてあらたに日記のページをたちあげさせて
いただきました。
日記といっても、何をどう書かせていただいたらよいか、わかりませんが、
私自身心に思ったこと大切だななどと、思わせていただいたときに、少しずつ、
飾らずに自由に書き綴らせていただこう、そうおもっております。

さっそくですが、今日は「見る聞く因縁、我にあり、」そんなことを思わせていただき
学ばせていただきました事について、少しだけ書きたいとおもいます。

やな人を見て、何て腹の立つと、思われることはたくさんあります。
わたしも現在でも、ふとしたことで腹立たしくおこったり、「あの野郎!」なんて思うことは
しばしばあります。
でも以前、私の通う教会の先生から「見る聞く因縁我にあり、我に無き理は映りこまない」
そのように教わり、人のいやなところが目についたときは、必ず自分にも、そんなところが
あるので、我を振り返って反省し、思うところあらば、直さねばいけません。
そう教わりました。

自分はそんな悪い所は無い、そのときはそう思って反発していましたが、
今になって、その言葉が少しだけ理解できるた気がしています。

自分の恥ずかしく悪い所ですが、実に欲がふかく、きれいなことを言いながらも
神様がもっとも嫌う、欲しい惜しいという気持ち、そんな気持ちをむき出しにしすぎて
しまっている自分に最近改めて、気がつかせていただきました。

ただ、欲しいという心、全く無く生きていくことは不可能だと思います。
欲しいという心があるから、人は努力したり働いたりできることなので、全く無欲では
生きていく活力すら、うしなってしまう、そう思っておりました。

ただ、人の欲しいというこころは、ほうっておくと再現無く膨らみ、傍聴し続けるもの
私が趣味で楽しませていただいている、一口馬主とうのに関しても
はじめは一口出資させていただき、よろこんでいたのですが、最近では際限なく
欲しい欲しいという気持ちが膨らみ、そのためのお金も、もっともっと欲しい、、、、
そんな泥沼状態にはまりかけてしまっておりました。

以前おうかんみちの川口西分教会で、先生より教わったお言葉の中に

「欲しいという心はやはり生きていくうえで、大切だし必要なことですが、
貪欲に欲するのではなく、生きていくうえで程々に、ということが大切です。」

という内容のことがありました。

そんなことはすっかり忘れて、暴走してしまっていた私でしたが、先日、
以前お会いしたある方の、貪欲な行いについて、耳にさせていただき、
「その人は、なんて、ひどい心をもたれた方なんだろう、、、。」
そう思ったとき

あれ?それって自分にも、すごくあるかもしれない、、、、
そう思い、ひとりで車の中で30分ぐらい反省させていただいておりました。

うーん、、振り返ると、私も変わらない行いをしていたなー、
そんな事を深く反省しているうちに

「見る聞く因縁我にあり、、、、」そんな言葉が、頭に蘇ってまいりました。

あー、これではいかんぞー、そう反省して行いを改めさせていただきましたが
おかげさまで、心がスーッとした感じになることができました。

人をみてやだなーと、思うときは、必ずその資質は自分の中にも隠れている
これからはしっかりそのこと、見落とさないよう日々過ごして行きたいと思います。

。。。。反省。。。。。。



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